スタートアップであっぷあっぷブログ

元研究者のスタートアップ経営者がスタートアップでの経験やキャリアについて発信するブログ。雰囲気ゴリラ似。

開発前の特許スクリーニングは超重要

こんにちは。梅の花が咲く季節になりましたね。

 

ここ最近のできごとになりますが、私達のスタートアップがある企業から企業価値評価を受けています。恥ずかしいような緊張するようなとても変な感覚がします。例えると、身ぐるみはがされてジロジロ下から上までなめまわすように見られている感覚です。変な例えですみません(汗)。でもまさにそんな感じです。社外には絶対出さない情報まで見せなくてはいけないんですよね、少なくとも私達は。そんなところまで見られたら恥ずかしい!という気持ちです。私達は買収されるExitを目的としているので、喜ばないといけない状況ですが、正直言っていい気持ちはしないです...。

 

今日はその企業価値評価の中で気づいた、というか再確認した、ことを書きたいと思います。それはスタートアップであっても開発前の特許スクリーニングは重要!というお話です。

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目次

 

高く評価された5つのこと

企業価値評価のときに高く評価された(と思われる)点が5つありました。それがこちらです。

  1. 開発前に特許スクリーニングを実施していたこと
  2. 他社の特許回避対策を行っていたこと
  3. 他機関へのライセンス料の支払いが不要なこと
  4. 出願した全特許が自社単独出願だったこと
  5. 開発委託先との契約で、開発中に発生したノウハウ、発明が全て自社に帰属することを取り決めていたこと

 

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1. 開発前の特許スクリーニング

これはある製品を開発しようとした際に、まず世の中にある特許がどのようなものであるかを幅広く調査し、懸案となる特許を抽出する作業になります。

 

やったことがあるエンジニアならよくわかると思いますが、これはかなり大変な作業です。平気で1, 2か月かかってしまいます。この作業は大企業では開発プロジェクトが始まる前に必ず実施されているのではないでしょうか。この特許スクリーニングがあって初めて2の「他社の特許回避対策を行っていたこと」、3の「他社や研究機関へのライセンス料の支払いが不要なこと」が可能になります。製品化を目指した開発では最初に行うことです。

 

わざわざここに挙げたのには実は理由があります。

 

スタートアップで働き始めてからお付き合いする会社が変わって、それで初めて気づいたことがあります。それは特許スクリーニングをせずに開発を始めてしまう会社さんが結構あるということです。

 

そういう会社さんではどうしているかというと、開発を終えてから製品そのものに関する特許を出願して、それが認められれば開発製品には特許侵害はないということで商売を始めるというものです。開発前の特許スクリーニングは時間と労力がかかるものなので、こうすることで手っ取り早く製品ができる、と考えているようです。

 

さらに驚いたのは、特許侵害調査も特許出願もしない会社さんも見受けられることです。それらの会社さんが自分達だけで閉じてビジネスをされる限りは私達に影響はありませんが、私達がそういう会社さんに開発を委託するとなると後々大問題になります。これは要注意です

 

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私達が開発の一部を委託する会社さんは中小企業さんが多いのですが、会社の規模が小さいと特許侵害があっても他社から訴えられることはほとんどありません。それは小さい会社が特許侵害していても、特許権利者の受ける被害は微々たるものだし、訴訟で勝っても得られるお金が少ないからです。特に訴える方が大企業だった場合、中小企業を訴えると弱いものいじめに見えてしまうので企業イメージを考えて訴えない大企業も多いようです

 

しかしながら私達のように大企業による買収を目標(Exit)にしているスタートアップではその考えはまずいです。なぜなら上で書いたとおり、スタートアップのような小さな会社が特許侵害をしていたとしても他社から訴えられることはまれですが、そのスタートアップがある大企業に買収された途端に状況は変わり、訴えられるリスクが急に大きくなるからです。元はスタートアップが開発した製品であっても大企業相手であれば特許侵害訴訟を起こされてしまいますだから大企業側もスタートアップを買収する際には特許抵触については念入りに調査することになります。

 

だから企業価値評価の際には出願した特許のことを根掘り葉掘り調査されます。いやーーーー、まさか公開前の特許の明細書まで見せなきゃいけなくなるなんて思ってもいませんでした。パワーバランス的に買収する側が強いんですよね、抵抗しきれませんでした。あーーー悲しい(涙)。

 

2. 他社特許の回避対策

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特許スクリーニングの結果、だいたいは回避しなくてはいけない懸案特許がいくつか見つかります。回避できるものは回避して開発するし、回避が難しいものはその特許の無効化を考えることになります。特許の無効化とは、その特許の内容がおおやけに知られたものであることを証明することを指します。簡単に言えばその特許の出願前に同じアイデアが公開されていたということを示すことです。

 

私達の場合はあるアメリカの研究機関の特許が懸案になりました。基本特許に近いもので回避が難しいものでした。その研究機関のリーダーは某大学の教授も兼任していたので、私達はその大学の学生達の卒業論文をくまなく調査しました。そうしたところ特許出願前にある学生が特許と同じ内容の修士論文を発表していて、しかもそれが一般に公開されていることをつきとめました弁理士さんと相談し、これなら訴訟になっても無効化できそうだ、という結論になりました。いやーーー、学生さんは論文を出さないと卒業できませんからね、特許出願を待たずに論文を公開してしまったのですね。私達にとってはラッキーでしたが、このように特許の無効化を図りました。

 

弁理士さんから「見解書」という意見書をもらっておいたのも企業価値評価をおこなっている大企業には安心材料になったようです。

 

この特許回避が事前に図られていることで、大企業はスタートアップを買収しても訴えられるリスクを下げられることができます。訴訟リスクがあるとそのスタートアップの企業価値は低く見積もられます。

 

3. ライセンス料の支払いが不要

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先ほどの特許回避の際に特許の無効化ができなかった場合、その特許を持っている権利者にライセンス料を支払うことになります。これがまた高額なんですよね~。特許回避がきちんとできていればライセンス料の支払いは必要ありません。

 

回避できない特許の権利者が競合他社だった場合は、おそらく費用を払ってもその特許の使用を許可されない、もしくはビジネスが成り立たないほどのライセンス料を要求されることになります。(クロスライセンスという手段もありますが、スタートアップではとることが難しい戦略です。)

 

また特許使用以外にも、研究機関から技術提供を受けた際にもライセンス料の支払いが発生します。特に相手がアメリカの研究機関や大学の場合、ライセンス料は高額になります。私達は自分達で開発をしたのでこのようなライセンス料の支払いは発生しませんが、最先端技術を大学などから取り入れて開発しないといけない場合は要注意です。後々の企業価値評価に影響があります。

 

ライセンス料の支払いが必要な場合もビジネス的に不利になるので企業価値は低くなります。

 

4. 出願した全特許が自社単独出願

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出願した特許の中に他社や他機関との共同出願が含まれると、大企業には要注意ポイントとしてみられます。共同出願が含まれると権利関係が複雑になることと、それに伴うライセンス料支払いの可能性が生じることがその原因です。

 

共同出願者がいた場合、その特許を使用したりさらに他社に使用を許可したりする場合に毎回共同出願者と協議を行う必要があるのでとても面倒になります。その共同出願者との関係がよければ良いですが、時間が経つと仲が悪くなることも大いにありえます。(お付き合いしだしたときはラブラブでも、数年後に険悪になることもたくさんありますよね!)場合によってはライセンス料の支払いが発生することもありえます。

 

5. 開発中に発生したノウハウ、発明が全て自社に帰属することを取り決めた契約

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これは開発開始前の委託先との協議がなかなか難航するポイントです。開発委託をして、その開発の過程で産まれたアイデアやノウハウ(知的財産といいます)の所有権が私達の会社のものになるというものです。私が逆に開発委託を受ける立場でもこの内容には抵抗しますから、契約締結作業が難航するのもよーーくわかります。

 

これは大変ですが知的財産は製造系スタートアップの企業価値そのものなので開発開始時点で十分に協議を行って落としどころを探ることが大切です。私達のスタートアップを買収したは良いものの、ノウハウが全て開発委託先にあって、開発委託先のノウハウが使えなければ製品が作れなくなってしまうのは大企業にとってはリスクです。 

 

実際私達のスタートアップの企業価値評価をしている大企業は、この点を高く評価しています。また大企業としてはそのスタートアップの製品そのものもそうですが、大企業内での他領域への技術転用も視野に入れることもあります。なのでその大企業にとって転用可能性のあるアイデアやノウハウは多いほど喜ばれます。つまり企業価値が高く評価されます。

 

ただ正直言って、開発委託先からノウハウが全て開発元の私達に公開されているかというとそんなことはないと思います。開発委託先の会社内でノウハウとして蓄積されているのではないかと思います。彼らは「私達のここの部分は他の製品に関わることもあるので社外に公開できません」と言い張られると引き下がらざるをえません。なので結果的にノウハウは開発を受けた企業だけに蓄積していることになっているのではないかと思います(疑いすぎでしょうか)。

 

契約をしてもなかなか実効性が保てないのが現実ですね...。とはいえ契約でノウハウやアイデアが私達のスタートアップに帰属するという取り決めをしてあるのは高評価でした

 

最後に 

私のスタートアップでは製品を開発しているので、毎日の大半は開発や製造についての業務がほとんどで、ついつい特許対応は後回しになってしまいがちです。でも企業価値評価が実際に始まると特許が企業価値にダイレクトに反映されることを実感します。特許をとっていないときは大企業は話を聞いてくれませんでした。そりゃそうですよね。

 

開発は成功するのか失敗するのか分からないから、毎回毎回開発開始前に時間と労力をかけて特許スクリーニングをするのは無駄が多いようにも感じるかも知れません。でも開発が成功しても特許スクリーニングが不十分であれば企業価値が大きく下がってしまうことを考えると、やはり開発前の特許スクリーニングは必要だと思います。

 

私自身は試行錯誤中ですが、開発開始前、開発中盤、開発終盤で特許スクリーニングを上手に配分するのを目指しています。

 

今日は以上です。ありがとうございましたーー!

 

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